国会会議録
 

平成29年5月23日- - 参議院厚生労働委員会会議録


 

○足立信也君 民進党の足立信也です。
 四名の参考人の皆さん、本当にありがとうございます。四名の参考人の皆さんに共通しておっしゃられたことが保険者機能だったと思います。中でも財政的インセンティブということでした。
 まずは岩村先生と服部先生にちょっとお聞きしたいんですが、地域包括ケアシステムというのは二〇一一年の介護保険法の改正で入れました。その原案は、二〇一〇年、あのときも岩村先生、部会にいらっしゃったんだろうと思います。私、政務官やっているときです。中学校区単位を基本として保健、医療、介護、福祉、一体的に取り組む、これを一言で言えば二十一世紀のコミュニティーの再生だということでつくっていきました。そうしたときに、保険者機能といいますが、市町村になるんでしょうけれども、中学校単位ということは市町村によっていっぱいあるわけですね。私は、保険者機能、保険者というのはある意味住民だと思っているんです。自分たちでどんなコミュニティーをつくり上げていくかというのが一番大事なことであって、そうなると、インセンティブも住民の方々に返ってくるような仕組みじゃなきゃいけないんじゃないかと私は思っています。
 そこで、先ほど岩村先生、私見だという前提でほんの少しだけ公正な評価指標とおっしゃいましたが、もう少しどういうことを考えられているかというのをお聞きしたい。その中で、これ交付金ですから年度ごとになっていくんでしょうけれども、その評価指標を年ごとにやるんでしょうか、それとも、どんな項目かによると思うんですが、評価が毎年毎年というのは極めて私は不自然だと思うんですけど、その点について、どんな公正な評価指標を考えておられるか、お願いしたいと思います。

○参考人(岩村正彦君) 御質問ありがとうございます。
 財政的インセンティブについては、恐らく今後、先ほど申し上げたように、指標、評価指標をどういうふうにするかということを議論していくということになると思いますけれども、その際には、結局、やはり一方ではアウトカム指標、それからもう一つはプロセス指標というものとを適切に組み合わせるという形で指標を考えていくということになるだろうというふうには思っています。
 最初からある一定の、例えば要介護認定率を下げるとか、そういったような形での目標設定というのは私も余り好ましいものではないというように思っていますので、介護保険という制度自体が果たしている多面的な機能というものをうまく評価できるような、そういう適切な指標というのを今後考えていく必要があるだろうというふうには思っております。

○足立信也君 先ほど条件として申し上げましたけど、岩村先生、毎年やるべきですか。

○参考人(岩村正彦君) そこについてはまだ今のところ私自身も確たる考えを持っているわけではありませんが、ちょっと変な例を申し上げて恐縮でございますけれども、国立大学も評価に疲れているというところがございまして、そういうことを考えますと、ちょっとやはり毎年というのは幾ら何でもどうかなという気が直感的にはいたします。その点についてはもう少し考えさせていただきたいというふうに思います。

○足立信也君 次は服部先生にお聞きしたいんですが、私、大分県が地元ですから、大分県の取組というのを、かなり全面的に出されています。私も現場をずっと回ってみて、本当によくやっているというのを評価しているところなんです。
 厚生労働省の方と大分県の特徴というものをかなり分析したんですよ。認定率が下がらない、各年代層で下がっていないのは要介護度一なんです。要支援一も二も、要介護度二、三、四、五も全部下がっているんです。つまり、介護が必要な人、これは要介護一の認定は必ず必要、そこにとどまっていると私は思うんです。そして、施設、まあ要介護度認定ですから施設中心で考えると、職員は基準以上に大量に採用して、本当によくやっています。一人一人がやはり要介護度認定が下がっている、これはもう事実だと思うんです。
 この件はちょっと後でまた時間があったら言いますが、問題は、要支援のところがやっぱり下がっていることの中で、大分県はそこを目標にしていないということが極めて大事なんです。健康寿命日本一を目標にして、その結果として認定率が下がっているんです、特に要支援一、二のところは。例えばラジオ体操やったり、あるいはまさに校区ごとにウオーキングをしたりする。つまり、直接的な要介護度認定に関わるような指標よりも、私は、健康寿命の指標というようなものをつくった方が、これは世界的にも通用するし、正しいんだと思うんです。
 残念ながら、これ健康寿命の話になるんですけど、服部先生、答えていただける範囲でいいんですが、これ、健康寿命って今アンケートじゃないですか。人のお世話になっている、なっていないのアンケートじゃないですか。科学的に健康寿命というのはこういうふうに算出するんですよというのは実はないんです。これ日本がつくるべきだと私は思っていまして、それについてどういうことが考えられるかなというのが一点と、やっぱり直接介護じゃない、別の目標を定めてやったときに要介護度の認定率が下がってくるというのが私は望ましい形態だと思うので、その点についての御意見を、その二点お願いしたいと思います。

○参考人(服部万里子君) ありがとうございます。
 健康寿命に関する評価というのは、厚生労働省が健康寿命というのを打ち出しているんですけれども、私も看護師なので、いろんな利用者さんと向き合っていて一つ感じるのは、その方の身体的なものがいっぱいあります。これは加齢によるものももちろんありますし、それから疾患によるものもあります。疾患によるものは別に、高齢になってなったものもありますし、元々心臓が悪いとか肝臓が悪いとかという方もあります。その意味で、多様な要素があると思いますけれども、どの要素をもっていわゆる健康かどうかというのを判断するということに関しては、指標を探すために調べるということは可能ではないかと思います。
 ただ、そこで出てこないものがあるんです。そこで出てこないものは何かというと、生きたい意欲とか、自分が何かに対して思いを持っているとか、やる気があるとか、そういうものは出てこないんですね、科学的なデータの中では。
 今、私もケアマネジャーやっていて一番感じることは、外に出たくない、食べたくない、会いたくないということをどうするかが一番大変なんです。介護が必要でサービスをということならまだある意味ではいろんな方法があるんですけれども、その方の思いとか、やりたくないという、でも行きたくないには原因があるんですね。又は食べたくないには原因があるんです。そこをもう一つ、どうしてという形で向き合っていく、そのための時間と努力というものは必要だと思っています。ただ、そういう意味で、その科学的な指標だけではいかないなというのはそういうふうに感じております。
 それと、あと二つ目の御質問なんですけれども、今後、国がそういう指標をつくることは別としても、高齢期に、例えば大分の中で元気な方が増えていくことの中身に関して私は否定するものではありません。そして、その方たちがその地域の中で、例えば介護度一というのはやはり一つの歯止めなのは、どうしても認知症が多いんです。介護度一に残れるというのは、認知症の自立度二以上ないしは半年以内に状態が悪化する人しか残れないんですね。逆に言えば、そこはもう歯止めになると思います。でも、要支援というのはある意味では七十四項目の様々な状況ですので、やはりそこの妥当性ということがあれば今の内容がまずいとは思いません、その指標に関してはです。

○足立信也君 介護のことを語るのに介護が必要でないことを指標にするというのが、僕はかなり大事な考え方なのかなと思って申し上げました。
 私、大学にいた頃等々、クオリティー・オブ・ライフ、QOLの指標をどうしようかといって、あのとき一番患者さんの気持ちを反映して、状態を反映して良かったのが顔のマークでした。笑顔なのか、少しつらそうな顔なのか、あるいはしかめっ面なのか、そういうことがトータルで極めて分かりやすい指標だったなというようなことを覚えておりますので、そのことを申し上げて私の質問を終わりたいと思います。
 ありがとうございます。


 

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