国会会議録
 

平成21年7月9日- - 厚生労働委員会「臓器移植法改正案」


○足立信也君 民主党の足立信也でございます。やっと質問の時間がやってまいりまして。
 私は、二〇〇六年から民主党の政調の役員として勉強会、脳死と臓器移植に関する勉強会をむしろ主催する側でありましたので、今まで自分の意見というのはほとんど言ってきませんでした、これ、今年の六月まで続きましたので。しかしながら、法案がほぼ出そろった形でなったわけで、私は、今出ているA案それからE案、そして間もなく提出されるであろう修正案という形がありますが、その中ではやはりA案しか賛成できないなというつもりで私はおります。
 そこで、ちょっと残念なことは、先ほど亀井委員からありましたように、A案並びにその修正という形になっているのは、大きな概念の転換であるわけです。決してこれは修正ではなくて、別の法案であると私は思っております。そのことに対して、先ほどそれが六条二項に表れているという話がありましたが、むしろ家族の意思決定権に表れるということだと私は思います。
 ですから、先ほど残念に思うと言ったのは、このことについてどう思うかを答えてほしいと午前の終わりに申し上げたわけですけれども、これは質問の最後にもし時間があれば河野議員に是非、その修正案と言われるものの、どういうふうにとらえているかということはお聞きしたいとあらかじめ申し上げておきます。
 E案というのは非常に幅広の考え方があるなと思いました。衆議院で提出されたC案提出者とは違って、はっきりしていることは、現行の移植手術、これは脳死からの移植手術も含めて認めていると。人権救済申立て事案の件がありましたが、これは脳死判定基準が遵守されなかったという事案であって、現在の脳死判定基準には問題がないという認識に立っている、これも間違いないことだと思います。そして、今現在の脳死下での臓器提供がほかの国々と比べて少ないという認識もあるようです。ですから、運用で改善したいという結論になっているんだと思います。
 今の森委員の質問でちょっと私、気になったので、自己意思ということで、これは質問通告していないので後でまた答えていただければいいかなと思いますが、現行法は認めている。現行法は、心臓死後の腎臓、角膜の提供は、提供者の生前の意思が不明な場合、家族の承諾で行われております。年齢制限はございません。これも認めないということなのかということが疑問に思いました。後で時間があればと思います。
 そこで、運用の改善、このことをまずお聞きしたいんですが、A案、そして廃案になりましたが、B案の提出が二〇〇五年の八月でした。私は、二〇〇五年の三月から、過去数度にわたって臓器移植の問題を質問してきました。主にそれは、臓器移植に関する世論調査や臓器移植ネットワークからの意思表示カードの情報、これを基に、法改正と言わなくてももっとできることがあるじゃないかということを何度も指摘してきました。
 それは、脳死下での臓器提供の意思がある人のなぜ半分しか四類型の病院に搬送されないのか、なぜ四割が脳死のときではなく心停止後にやっと意思が分かるのか、そして実際は書面で脳死下臓器提供の意思のある人の六・四%しか提供に至らない、こういう面で運用の改善が幾らでもできるはずだということをずっと申し上げてきた。
 しかし、これは意思カードの問題だけではないんです。アメリカのドナーカードの所持は一四%ですね。日本は、記入してある意思表示カードを持っている人は四・二%ですね。約三倍。しかし、臓器提供は二百倍ですね。カードの所持の問題ではないんですね。
 そこで、まずは政府参考人の方にお聞きしたいんですが、運用の更なる改善でこれは大幅に脳死下臓器提供が増えるというふうな具体案、そしてその見通しが今あるのかどうか、まずお聞きしたいと思います。

○政府参考人(上田博三君) 私ども、法律の施行に当たる立場から普及啓発などの運用の強化に努めてまいりましたが、世論調査におきましても、臓器提供意思カード等を所持している方は八・四%でございます。脳死下での臓器提供事例数も八十一と徐々には実績は積み重ねておりますが、平成十八年以降は、年間十件は超えてきましたけれども、ほぼ横ばいで推移をしておりますから、これまでの運用の成果が十分に上がっていないと言われても致し方ないと考えているところでございます。

○足立信也君 四年前からずっと指摘している私としては、運用面でと更に言い続けるのは多少問題かなと、ここは立法府の出るところではないのかなという気がしております。
 そこで、E案提出者に。小児脳死臨調、一年以内に結論が出る、出させるということだと思いますが、ちょっと振り返ると、前回の脳死臨調は、設置法案が成立して臨調の報告まで二年二か月掛かっている。これを一年にしたいということだと思いますね。しかし、その後、報告から法案提出まで更に二年三か月掛かっている。そして、その法案提出から可決まで更に三年六か月掛かっている。計八年掛かっているという事態です。そして、皆さんもう御案内のように、脳死臨調の結論とは違う、十二年前、衆議院の段階では脳死臨調の結論に近い形で可決しましたが、参議院に回ってきて脳死臨調の結論とは違う形で、概念上、法案が成立したと。これはひとえに立法府の判断だったわけです。
 とするならば、今後、一年以内に小児脳死臨調の結論を出すと。その後、その意見、例えば少数意見をどう扱うつもりなのか。大方の合意あるいは小児脳死臨調の結論というのは、何割の、何人の委員が賛成したときに結論と受け取るのか。そして、それが出た場合に、立法作業をやる、直ちに取り組むという予定なのかどうか。そこら辺のタイムサイクルの考え方をちょっとだけお聞きしたいと思います。

○森ゆうこ君 先日も櫻井委員の質問に私は御答弁させていただいたかと思いますが、まずこのE案の法案、五十二人の賛同をいただいて、子どもの脳死臨調設置法案を出させていただきました。一番こだわったのは、予算関連法案にすることです。予算関連法案にするためには、参議院では発議者とは別に二十人の賛同者が必要です。私はどうしても予算関連法案として出したかった。
 それはなぜか。きちんとこの法、E案が成立したら、三か月後には十五人の委員を委員とする子ども脳死臨調がスタートします。もうきちんと予算調書も付けてございます。その中で、毎月二回という精力的な、かつての脳死臨調の倍のスピードで議論をさせていただく、海外視察もさせていただく、そして世論調査もさせていただく、症例研究も外部に委託する、公聴会もやる、地方公聴会もやる、そういう形で精力的に進めさせていただくんです。
 先日も答弁いたしましたが、それと並行して、任せておくだけではない、国会でもきちんと議論をしていこうということを提案させていただいております。
 そして、先生、かつてと違うところは、もう既に臓器移植法というもの、現行法がございます。一からの議論ではありません。今問題になっている子供の問題を特に集中して議論をしていく。そして、並行して我々立法府も立法の準備をしていく。そういうことで、我々はきちんとした形で、今の状態ですともう本当に意見がばらばらで責任のある判断ができません、立法府として、まともに勉強すれば。そういうことで、私は、一年後に必ず脳死臨調の答申をいただく、そして同時並行で国会でも議論しつつ、もちろんどんな結果が出るかは今は分かりません、議論をしていただかないと。そういうことで遅滞なくやらせていただく、そういう法律でございます。御理解をいただきたいと思います。

○足立信也君 お気持ちは分かりました。
 私、今までの質疑あるいは参考人質疑をお聞きして、ちょっと気になることがあるので申し上げます。
 脳死というのは、皆さんが懸念の多くにあると思うんですが、臓器を摘出するためにつくり出さされた概念ではありません。神経学的にそれが研究が進み、植物状態とは違う、大脳死とも違う、脳幹死とも違う脳の病態のある意味発見だったわけですね。それで、その状態はどうも不可逆的である、つまり回復しない。この病態は決して回復しないでやがて死に至る、そういう病態を発見したんですね。ここに臓器提供の意思があれば、現状では移植でしか助けられない方の命を救える可能性がある。臓器移植法ができて脳死の判定基準ができるまでは、私の身近でも殺人罪で脳死判定したということで訴えられるケースもありました。しかし、法制定後は殺人罪で問われることはない。つまり、脳死判定基準は広く国民に受け入れられているということだと思います。
 移植手術を待つ患者さんあるいは家族の方は、脳死は人の死であるからこそ、その方たちからの命のリレーを待っているんです。海外で当然のごとく受けている治療を日本でも受けたい、ただそれだけなんですね、患者さん、その家族の気持ちは。その気持ちの部分は、事の大小はありますが、海外で承認されている治療薬を日本でも使えるようにしてほしいという、気持ちの部分は僕は変わらないことだと思いますよ。脳死は人の死であることを前提として移植医療に望みを託しているわけですね。
 それに対して、人の死を待っているとか期待しているとか、患者さんを苦しめるのは、あるいは家族の方を苦しめるのは私はやめていただきたいと。かわいそうですよ。大前提として、そういう脳の病態が分かった、それは死ととらえられるだろう、医学的に。そして、その方からの命のリレーを待っているだけなんですね。ひたすらそのリレーランナーが現れるのを待っているだけなんですよ。そのことを私は強く感じましたですね、今までの議論で。
 脳死臨調の脳死は人の死であるという答申からもう十七年半たつわけです。十二年前に、先ほど申し上げた、最終盤で概念の変更がありました。しかし、やはり当事者たちは法案成立に期待したんですね、一歩進むだろうと。しかし、その後、運用の改善を先ほど言ったように何度も図ったけれども、臓器提供は増えない。むしろ、生体移植が増加した。それは本来の移植医療ではないんですね。ここはこの概念を脳死臨調の答申に戻すべきだと私は考えますよ。そのことが、この法の概念の変更ということがまさに全般的な見直しなんだと、私はそういうふうにとらえています。
 そこで、A案の総括。脳死は人の死を前提としている。しかし、臓器の移植に関する法律であるから、移植医療の適正な実施に関することを目的としている法律であるから死の定義をしているわけではない。第六条で、脳死は判定基準に従って判定したものに限る、そしてその判定は臓器提供の意思が確認されている場合に限ってなされる、そういう筋立てですね、法律としては。そのとおりなんです。
 A案提出の方々にお伺いしたいのは、脳死は人の死を前提としているから、先ほど申しましたように、心臓死の後は家族の同意で年齢に関係なく腎臓、角膜は提供できます。それに近づけようとしているんだと私は思います。そういう形なんだと。しかし、現行法は、移植術を受ける機会は公平に与えるよう配慮されなければならないとされておりますし、脳死や心臓死は提供相手を指定できないんですね。そのことと、厚労省のガイドラインでは、生体移植は移植医療としては例外的であると、生体移植の場合は親族優先権を認めている。つまり、脳死は人の死であるという前提に立ちながら矛盾した形になっていると思うんです。生体で認められている親族優先権を認める、なおかつ死体で認められている家族の決定権を認める、ここはやっぱり私は矛盾があるんだと思っているんですが、そこのところの説明をお願いします。

○衆議院議員(冨岡勉君) 委員の御指摘は幾つかの方からも御質問としていただいているところであります。
 我々は、親族への優先提供の意思表示を認めることは従来の優先順位の在り方を変更するものであり、公平性の原則に反するとの批判は十分承知しております。しかし、自分の臓器は身近にいる親族に提供したいという声がまたあるのも事実でございます。それは、委員が御指摘あった生体移植の場合もそうでございます。
 生活を共にする中で強い信頼と情をはぐくんできた家族には少しでも長く生きてもらいたいと願うことは、人が持つ自然の心情として十分に理解できます。そして、このような心情は移植医療がよって立つ人道的精神の根幹にかかわるものであり、考慮されてしかるべきではないかと考えております。それゆえ、親族に対する優先提供の意思表示は、強いきずなで結ばれた家族として自然に持つ心情への配慮を理由にこれを認めたところであります。
 なお、A案では、臓器提供が認められる場合として、現行法の本人の書面による意思表示がある場合に加えて、本人意思が不明であっても遺族の書面による承諾があるときにもこれを認めることとしているのであって、A案においても臓器提供は本人の意思に基づいて行われるという現行法の原則を否定しているわけでは決してありません。
 よって、たとえ親族への優先提供という本人の意思を現行法以上に尊重する制度を同時に設けたとしても、両者が矛盾するということにはならないものと我々は考えております。

○足立信也君 私は矛盾だと思いますが、気持ちは分かります。
 改正の附則第五項、「虐待を受けた児童が死亡した場合」というのがあります。この「虐待を受けた児童が死亡した場合」の「死亡」には脳死は入るんでしょうか。これはイエスかノーでいいと思います、これは。

○衆議院議員(冨岡勉君) イエス、一言で言えばイエスということで御理解いただきたいと思います。

○足立信也君 えっ、ちょっとそれは、答えはまずいんじゃないですか。これは絶対に入りませんよ。脳死体からの臓器提供は虐待の可能性があれば元々不可能なんですよ。虐待の発見はまず第一に疑うことで、疑った場合は犯罪捜査のスキームに入って臓器提供は絶対できないんですよ。ノーなんですよ、それは。いいですか。
 私は、二十五年前、日本で初めて脳死下の膵・腎同時移植が行われたときに、ドナー側の手術に入っておりました。十二年前、私が移植現場にいたときに、参議院で脳死は人の死ではないというふうに概念の変更があったんです。そのとき私は、極めて日本的で玉虫色の決着だと、しかしそれは極めて日本的だと、日本人の英知とおっしゃった方もいらっしゃるけれども、私は日本的だと言いました。しかし、私の上司はそのときに、脳死の概念を衆議院、参議院で変えるようでは患者、家族には疑念が生まれる、臓器提供は進まないと看破されました。炯眼だと私は思っております。
 以来、日本は生体移植に比重が移っていった。臓器移植法施行後、死体腎の提供は減っていますね、減っている。提供者の多くが親族であることから、移植を今やっている、生体移植をやっている移植医たちはドナーとレシピエントの両方のケアをやっているわけですよ。これは本来、移植のあるべき姿ではないと私は思っています。
 私の個人的な意見になりますが、生物学的に脳死は人の死だと思います。それを受け入れるか否かは、まさにその方がいかに生きたか、何を望むかに対する家族の納得なんですよ。家族の意思、それが私はみとりだと思います。医療の現場で懸命な治療が行われて、医師からの説明に家族の総意で脳死判定を受ける権利、拒否する権利、臓器提供をする権利、拒否する権利、これがすべて行使できるわけですね、A案では。そして、移植術を日本国内で受ける権利はあるけれども、実態としては極めて限られている、その行使権が。ここを突破しよう、そのようなA案だと私は思います。多少の不満はありますけれども、一歩前に進めるために私はA案に賛成したいと思っております。
 以上です。



09.07.09 厚生労働委員会会議録より
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